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2008年11月17日(月)

ひげの梶さんと歩いた鎌倉 [歴史探訪]

鎌倉を知る!鎌倉歴史散歩入門
古河を見つめ、古河を愛す学習会「古河学」講座2

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ひげの梶さんこと梶本晃司氏

ひげの梶さんプロフィール
梶本 晃司
1947年、神奈川県生まれ。学生時代からはじめた歴史探歩の会は、すでに30余年。催行回数も2000回に達しようとしています。現在では、ともに発見や出会いのよろこびを味わいたいと願う気持が、国宝(厳島神社)、国の重要文化財(宮島の千畳閣・金沢の石川門・能登の時国家など)を舞台としたイベントの企画や演出の分野にまで拡がっています。また、地域における新しいテーマ型観光のおこしや活性化にも取り組み、各地の企画やアドバイザーを務めています。「利家とまつを歩く」に関係するところでは石川県観光連盟アドバイザー、大河ドラマ石川県推進協議会アドバイザー。

鎌倉を知る!鎌倉歴史散歩入門
古河を見つめ、古河を愛す学習会「古河学」口座2

11月16日(日)古河市観光協会の主催で、ひげの梶さんこと梶本 晃司氏のガイドで、鎌倉を日帰りで歩いてきました。この旅は、10月22日に古河東公民館にて行われた梶本氏の講演会、「古河の歴史を考える 古河と鎌倉」に出席された方を対象に募集した歴史探歩の旅です。

当日のコースは以下の通り
松岡山東慶寺>亀ヶ谷切通し>岩舟地蔵>扇谷上杉管領屋敷遺迹>寿福寺>段葛>鶴岡八幡宮の由比若宮遥拝所と源平池>大蔵幕府跡>北条氏館跡(寶戒寺)>東勝寺跡(高時腹切やぐら)

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苔むす岩が美しい

松岡山東慶寺
北鎌倉で下車して、まずは松岡山東慶寺行きました。天候が悪い中、駅前には沢山の観光客がいましたが、そのほとんどが円覚寺方面へ向かっています。東慶寺は人が少なく、雨に濡れ苔むす寺の風景が、なんとも幻想的でとても美しかった。ここは昔、松岡御所と呼ばれた格式高い尼寺で、女性救済の寺としても知られていたそうです。女性が必死で逃げてきても捕まってしまう事もあり、捕まる前にかんざしなど身に着けているものを境内に投げ込めば、駆け込んだことになったそうです。後醍醐天皇の皇女用堂尼が5世住持として入寺、江戸時代には、豊臣秀頼の娘で、徳川家康の養外孫にあたる天秀尼が20世住持として入寺している。
次に亀が谷切り通しを通って、岩舟地蔵へ向かった。

亀ヶ谷切通し
山に囲まれた鎌倉幕府は外部との連絡をスムーズにする必要があった。そのために作られた通り道が鎌倉7つ口と呼ばれる7か所の切通し。ここはそのひとつで、険しい山の真中を貫くように道が作られていたことがわかる。当時は軍事的にも敵の攻撃を食い止める場所として、この狭さが有効に機能していたといいます。

梶先生の名ガイドほんの一部

岩舟地蔵
源頼朝の息女大姫が持っていた持仏の地蔵尊を安置してあると説明してくれました。床下に石仏あり、日本三大岩舟地蔵の一つとある。
また「人質として鎌倉に連れてこられた木曽義仲の長男 義高と、許婚者だった頼朝の娘・大姫との悲恋物語を説明してくれました。近年新しく再建されたようです。
ここは、線路のすぐ脇にあり、なぜか梶先生のガイドが佳境に入ると電車が通り、その度にKYなJRに文句を言っていました。

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扇谷上杉管領屋敷史跡碑

扇谷上杉管領屋敷遺迹
鎌倉と古河を語る上で大切な史跡碑がありました。太田道灌らを用いて勢力を拡大した扇谷上杉管領の屋敷の跡です。扇谷上杉は古河公方の足利成氏と関東を二分して対立していました。

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寿福寺
境内裏手の墓地には、陸奥宗光、高浜虚子、大佛次郎などの墓があり、さらにその奥のやぐら(鎌倉地方特有の横穴式墓所)には、北条政子と源実朝の墓と伝わる五輪塔があります

段葛
鶴岡八幡宮の参道、若宮大路のなかで、二の鳥居から鶴岡八幡宮までの車道より一段高い歩道をいいます。
*残念ながら、ここからはビデオのバッテリー切れで映像も画像もなしです。
鶴岡八幡宮の由比若宮遥拝所
源頼朝により遷座される以前の八幡宮で、元八幡と呼ばれている。境内には源義家の旗立の松が残されている。
源平池
頼朝が、八幡宮内に池を掘らせた池といわれている。頼朝の妻の政子が源家が栄えることを願ってこの池を造らさせ、東の池には白い蓮(源氏池)、西の池には赤い蓮(平家池)を植えさせたということです。

大蔵幕府跡
頼家、実朝と続き1225年源頼朝の妻で尼将軍・北条政子が亡くなり幕府が宇都宮辻子に移るまで46年間、この地が鎌倉幕府の中心でした。

北条氏館跡(寶戒寺)
鶴岡八幡宮のすぐ近くにある宝戒寺。この土地はもともと北条執権時の屋敷があった場所ということです。屋根には金色に輝く丸に3つの三角形が、これは北条氏の家紋で、「三鱗(みつうろこ)」というそうです。

東勝寺跡(高時腹切やぐら)
旅のクライマックスがここ。鎌倉幕府の三代執権・北条泰時が創建した寺院跡です。新田軍が、若宮大路まで迫ってきた事を知った北条高時は一族郎党870名余りとここに立て篭もり自害したという。さらに東勝寺跡の裏手に山肌をくり抜いたやぐらがありその中に、小さな塔が沢山ある。その一族郎党の墓と言われている、ここに着いたときは、すでに薄暗く、不気味さ満点。梶先生曰わく「時間帯は狙い通り、だいたい平均2〜3体?は連れ帰ってください」ということです。ゾゾ〜・・・

感想レポートはこちらから

レポート1. 福村都代子さん

レポート2. Hiroさん

Posted by admin at 16時29分   パーマリンク

「ひげの梶さん鎌倉歴史散歩入門」に参加して [歴史探訪]

福村都代子

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「鎌倉は晴れている日より、雨上がりが良く似合うと、ひげの先生こと梶さんの始めのお言葉です。当日雨が降ったり止んだりで、鎌倉山の小路は雨に濡れ、石畳には色とりどりの落ち葉が敷きつめられている様で、それはそれはしっとりした感じの絵の世界でした。

先生に鎌倉の地形、歴史の成り立ちを講談さながらのしゃべり口で、当時の武士の人達が辿った、栄枯盛衰と巧名の物語をお聞きしながら、スラスラと人名が発せられてお見事の一言です。これは、ここぞと思われてくれる所を一ヶ所でも多く見せておきたいと思われてでしょう。

次々と案内して下さり、早や足になりながらの歩きでしたが、お陰で満足感は充分でした。観光に出かける人々は、静かな場所、古寺、古跡、展示品を弄々見乍らも、楽しみは食事です。土地のおいしい一皿でも食べたいとウロウロし、食事処に入り、喫茶店に入乍りでしたが、何か淋しい感じがついて来て「訪ね人の目は紅葉に染まりし乍らも、鎌倉びとの笑顔を見そびれし」観光地には、神から与えられし景観だけでなく、旅人を心優しく受け入れる大切さを知らされた旅でした。

Posted by admin at 16時16分   パーマリンク

歴史ウォーカー入門! [歴史探訪]

鎌倉レポートその2 byHIro
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梶先生

11月16日(日)古河市観光協会観光宣伝部会の主催で、ひげの梶さんこと梶本 晃司氏のガイドで、鎌倉を日帰りで歩いてきました。この旅は、10月22日に古河東公民館にて行われた梶本氏の講演会、「古河の歴史を考える 古河と鎌倉」に出席された方を対象に募集した歴史探歩の旅でした。この講演が最高に面白く、そしてこれからの古河の歴史観光に大きな「気づき」をもたらしてくれました。「歴史を旅する場所にお城や建物は無くてもよい、そこに歴史があった事実があれば、そこが歴史の名所となる」という気づきです。そして、それがどんなものなのか鎌倉で確かめたいと思いました。

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とにかく歩いた。でも楽しかった〜♪

この旅に参加したいと思ったもう一つの理由は、「歩く」という事です。最近のウォーキングブームで歩く人は多くなりました。1日1万歩を歩けば高血圧・肥満が改善され、ストレスも解消し、約8年分の延命効果があると言われ、距離では(歩幅にもよりますが)7〜8Km歩くのがよいと言われています。しかし、実際に1日1万歩を達成している人は、ウオーキングする時間を計画的に設けているようで、無計画で暇もない私は、どんどん不健康なメタボになるばかりです。ですから一石二鳥が好きな自分は、歴史を楽しく探訪し健康にもいい「にわか歴史ウォーカー」になってやろうと思い参加を決意しました。(でもホントは関係者なので強制参加)結論として、ウォーキングとしてはどんな感じだったのか?・・・充分過ぎました。歩数にして約1万6千歩、たぶん11〜12Km歩いたと思います。ですから歩き慣れたウォーカーにとっては充実した距離ですが、歩き慣れていない私などには結構きつい距離でした。しかし、それを感じたのは本当の終盤で、梶先生の話術、歴史表現の面白さで、気づいたらもう終り?というのが印象でした。

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なぜかここが最もロマンを感じた場所だ

"歴史を学ぶ事の醍醐味は「想像力」にある"といいますが、自分の持つ想像力をフルに使って梶先生の話を聞いていると、まるでそこにその建物がある、その人物がいる、そして街を人々が往来してる、そんな姿が見えてきます。清泉小学校前の何の変哲もない住宅街で、「はい!ここが大蔵幕府の跡です。」と説明されたときに、源頼朝や北条政子、その家臣達がこの場所に居たことを想像したら、何とも言えないロマンを感じ、この日一番の感動を覚えてしまいました。つまり、お金を掛け再現され移築された建物より、そこに歴史があった事実の方が勝つ事がある。生意気にも、自分のようなにわか歴史ウォーカーでも、そんなふうに思ってしまいました。

古河も歴史というお宝をもっと掘り起こし、宣伝し、より多くの「歴史ウォーカー」たちを呼び寄せることがきっとできます。がんばりましょう!

Posted by admin at 15時00分   パーマリンク

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