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BS-TBS「戦国BASARA」

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【撮影月】 平成24年7月

【撮影場所】鷹見泉石記念館、
      森ファームサービス
【放映日時】平成24年9月放映


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鷹見泉石記念館

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鷹見泉石記念館

■駅から
約1.2Km 徒歩15分
■所在地
中央町3-11-2
(歴史博物館の前です)
TEL0280-22-5211
■開館時間
午前9時〜午後5時
( ただし入館は午後4時30分まで)
■料金
無料
■休館日
国民の祝日の翌日(土・日を除く)・年末年始、
館内整理日(毎月第4金曜日、ただし祝日を除く)

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蘭学者  鷹見泉石

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渡辺崋山(かざん)筆  国宝『鷹見泉石像』東京国立博物館

鷹見泉石は家老として、藩主土井利位(としつら)に仕えた古河藩士。利位が大阪城代であった折りに「大塩平八郎の乱」で鎮圧にあたるなど、大きな働きをしました。また、優れた蘭学者でもあり、数多くの研究資料の収集にあたりました。
十郎左衛門忠常といい、泉石は引退後の名前です。
天明5年(1785)6月29日、土井氏代々の家臣、鷹見忠徳の長男として、当時、四軒町といったこの地に生まれました。
11歳より藩主土井利厚・利位の二代に仕え、ついには江戸家老に進み敏腕をふるいました。
とりわけ藩主利位の「大塩の乱」鎮定・京都所司代から老中への昇進と幕政参画など、その陰にはつねに泉石の補佐が与って大きかったのです。
 蘭学(らんがく)を志し、利位の『雪華図説(せっかずせつ)』の刊行をたすけ、晩年、自らも日本初の『新訳和蘭国全図』を出版しました。かたわら、学者・文化人と広く交わり、オランダ商館長よりヤン・ヘンドリック・ダップルの蘭名を贈られ、開明的外国通といえます。
安政5年(1858)7月16日、古河長谷の屋敷で73歳で没しました。
市内横山町の正麟寺(しょうりんじ)に眠る。

 渡辺崋山(かざん)筆の国宝『鷹見泉石像』は、よくその姿を伝えています。渡辺崋山は愛知県の小藩であった田原藩の藩士、蘭学に熱心で、泉石とは兄弟弟子でした。その崋山が画家として残した肖像画の一つが、「鷹見泉石像」です。今では崋山の代表作として、国宝に指定され、東京国立博物館に展示されています。


関連施設・史跡
鷹見泉石記念館 
■駅から
約1.2Km 徒歩15分
■所在地
中央町3-10-56
TEL0280-22-561


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鷹見泉石生誕の地碑

鷹見泉石生誕の地碑
■駅から
約0.9Km 徒歩12分
■所在地
中央町1丁目10

正麟寺 鷹見泉石の墓所
■駅から
約1.3Km 徒歩16分
■所在地
横山町3-6-49
TEL0280-23-0551

▼鷹見泉石記念館【中央町3-10-56】

▼鷹見泉石生誕の地碑【古河一小北側】

▼正麟寺 鷹見泉石の墓所【横山町3-6-49】


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古河城出城跡、歴史博物館周辺

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歴史博物館

 福法寺を過ぎ直進すると、お茶屋口からの道に突きあたります。この道は、将軍が日光社参の折、古河城に宿泊するため、日光街道御茶屋口から城に向かう道筋でした。
 右折して200メートルほど進めば歴史博物館周辺にでます。ここは古河城出城跡で土塁、お堀など当時がしのばれ、古河城跡が痕跡をとどめない今、貴重なエリアです。歴史博物館、鷹見泉石記念館、文学館と至近距離にありますが、まずは鷹見泉石記念館を透り過ぎ、歴史博物館に入館しましょう。ここで3館セット券(600円)を購入するとよいでしょう。歴史博物館では、古代から近代に至る古河の歴史と文化の概観を知ることができます。

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鷹見泉石記念館前の通り

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鷹見泉石記念館

鷹見泉石記念館は、歴史博物館の別館として開館されました。もともとは古河藩の武家屋敷でしたが、鷹見泉石が晩年を送った住まいで古河に現存する唯一の武家屋敷です。四季おりおりのたたずまいが美しい。
 鷹見泉石記念館を出てお堀に沿って道なりに進むと、お堀がきれたところに四阿屋があります。将軍の行列は、これより少し北進し文学館北側、第一小学校校庭がかつての堀跡で、その真中にあった道を西に進み古河城御成門に向かいます。文字通り将軍お成りに使用します。将軍の日光社参は、1泊目岩槻、2泊目古河、3泊目宇都宮、翌日日光到着です。

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文学館

四阿屋を左に、なだらかな坂を下ると文学館があります。文学館は展示室だけでなく、SPレコードの鑑賞などができるのでホッとできます。2階はイタリアンレストランになっていて、お茶と食事が楽しめます。



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篆刻美術館から永井路子旧宅方面へ

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 文学館を出て左方向へ進むと、すぐに雪華模様がちりばめられた歩道になります。土井家11代藩主利位は、日本初の雪の結晶の研究者として知られ、「雪華図説」を刊行しました。上下巻合わせて183種収められています。この歩道は3種の模様を組み合わせたものといいます。雪華の歩道は第一小学校の敷地に沿って続き、敷地のはずれ、エンジュの木のところまで続きます。
 歴史博物館、鷹見泉石記念館、文学館を経てこのエンジュの木に至る道は周囲の景観もよく、散策するのに絶好のコースです。
 

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古河城追手(大手)門

標識にしたがいエンジュの木のところを左折し、小学校の正門を過ぎたらすぐに右の道に入ります。この道はウォーキングトレール事業で整備されたとか、歩きやすいとご好評いただいている道です。ほどなく江戸町通りに出ます。江戸町のいわれは、古河城追手(大手)門前から石町までの、一番賑わいを呈した区画で、江戸を思わせるという意味で江戸町と称したといいます。

左角が、市民のためのギャラリー街角美術館、右角一軒おいて隣が篆刻美術館です。篆刻専門の美術館は日本でただひとつなのでのぞいてみましょう。
 篆刻美術館を出て左へ、信号機を過ぎるとすぐ左側に永井路子旧宅があります。歴史小説の第一人者永井路子先生が、幼少時代から青春時代を過ごしたという建物の一部が修復公開されています。時にお茶の接待などもしてくれます。


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篆刻美術館

平成3年に日本で始めての篆刻専門の美術館として開館し、旧城下町の石町通りに面しています。
館内には、古河出身の故生井子華の遺作をはじめ、小林斗_・梅舒適・関正人ら日本を代表する現代作家および、日本や中国の歴史的作家の作品を常時展示しています。

詳しくはこちら

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永井路子旧宅

直木賞作家、永井路子さんの旧宅を修復し一般公開しています。
修復された旧宅には、永井さんの幼少期から青春時代の写真のほか、永井さんの経歴を紹介するパネルや作品などがあります。

詳しくはこちら



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鷹見泉石記念館

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鷹見泉石記念館

 文学館を出て、堀に沿って進むと泉石が晩年をおくった住まいである鷹見泉石記念館があります。ここは泉石の曾孫にあたる鷹見久太郎の生家でもあります。久太郎は絵雑誌「コドモノクニ」の出版元である東京社の創業者であると同時に青年時代は思水と号し、詩歌の創作などもしていたといわれています。


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