渡良瀬遊水池遠望
広大な自然が広がる渡良瀬遊水池では、富士、浅間、赤城、白根、男体、大真名子、女峰などの山々が一望でき時には榛名、妙義も見られる絶景ポイントです
三国橋から南方向の堤防上に古河城跡の表示があります。
古河城は曲亭馬琴「南総里見八犬伝」の舞台の一つです。
古河城芳流閣上の決闘は、前半部のクライマックスとして有名ですが、古河城の櫓をモデルにしたのではないかといわれています。
眼前に広がる本州最大といわれる約33k㎡の渡良瀬遊水地は、日本の公害の原点といわれる足尾鉱毒事件によって出現しました。
数々の文学作品の舞台ともなっています。
江戸川乱歩賞受賞作、小林久三「暗黒告知」伊藤野枝「転機」荒畑寒村「谷中滅亡史」永井路子「わが町わが旅」などです。
また堤防上には、足尾鉱毒事件に生涯を捧げた「田中正造遺徳之賛碑」があり、明治天皇への直訴状が刻まれています。
![土手の上から見た新三国橋](https://i0.wp.com/www.kogakanko.jp/wp-content/uploads/2017/11/1871779eb1fcb892fea54610208dd236.jpg?fit=1024%2C768&ssl=1)
![古河城本丸跡](https://i0.wp.com/www.kogakanko.jp/wp-content/uploads/2017/11/1305908523.jpg?fit=800%2C600&ssl=1)
三国橋と新三国橋のサイクリングロード中間付近には「古河城本丸跡」と書かれた標柱があります。
![古河ゴルフリンクスの西の土手の上の田中正造遺徳之賛碑](https://i2.wp.com/www.kogakanko.jp/wp-content/uploads/2017/11/1236587344c3026.jpg?fit=800%2C600&ssl=1)
また堤防上には、足尾鉱毒事件に生涯を捧げた「田中正造遺徳之賛碑」があり、明治天皇への直訴状が刻まれています。
![雀神社西の土手の上に立つ万葉歌碑](https://i1.wp.com/www.kogakanko.jp/wp-content/uploads/2017/11/1334908961.jpg?fit=800%2C600&ssl=1)
雀神社の境内への階段下り口に万葉歌碑があります。
昭和60年3月14日除幕、生井子華揮毫によります。
麻久良我の許我の渡りのからかじの音高しも寝なへ児ゆえに
万葉集巻14、二首あるうちの一首ですが、古河の地名がはじめて文学の上にあらわされたとされています。
▶︎古河駅西口の万葉歌碑はこちら